サッカーにおける三角形(トライアングル)の基本
サッカーのコーチングで「三角形(トライアングル)を意識しよう」という声掛けをよく聞きます。他にも三角形が大切だということを聞くことはありますが、単に三角形であれば適当に3人以上が並ぶだけで作れますし、この場合の三角形が何を指すのか、良い三角形とはどんなものなのか、実戦で何を考えて三角形を形成すればいいのかを明瞭かつ簡潔に説明出来る人は意外に少ないのではないでしょうか。この記事ではサッカーの基本でありつつ細かな説明を聞く機会が少ない、今更聞けないサッカーにおける三角形の基本について掘り下げて書こうと思います。これを100%理解すれば、プレイも、観戦も、見る目が変わります。
三角形の理由と前提条件
まず何故三角形なのでしょう。これはボール保持時に複数のパスコースを確保するのが重要であり、その最小単位がボール保持者を含め3人だからです。また、バックパスはゲーム中ほぼ常時パスコースが確保されるので、ここではボール保持者を後方の頂点とし前方に2人がいる三角形を前提とします。
重要なのは距離と角度
数学の話になりますが、三角形の形状を決めるのは角度と距離です。これはサッカーでも同様で、ピッチ上無限にある三角形のうち良い三角形と言われるものには適切な距離と角度があります。極端な例を出してみましょう。
まずは距離ですが、上図の通り大きすぎても小さすぎても適切なパスコースとして機能しなくなります。
次に角度ですが、上図の通り狭すぎても広過ぎてもパスコースを複数作るメリットが無くなってしまいます。
このように距離と角度により三角形の有効性は大きく変わってしまうので、適切な距離と角度をしっかりと理解しておく必要があります。
三角形の距離に絶対の正解は無し
では三角形を作る上で適切な距離とはどのくらいなのでしょう。これについてはあえて図を使いません。何故なら、三角形の適切な距離はチームや選手によって決まり、絶対的な正解が無いからです。目安はインサイドキックで素早く正確なパスを通せる距離かつ、パスをカットされてもすぐに奪い返しに行ける距離です。これは距離が近過ぎるとパスを止めるのが難しくなり、遠すぎれば蹴るのが難しくなり奪われたときの奪回も難しくなるからですね。つまり三角形の大きさはチームや選手が優れている程に大きくなる・小さくなるのではなく、チームや選手が優れている程に色々な大きさの三角形が機能するようになるということになります。
これは三角形だけの話ではなく、サッカーの中継等でよく聞く「良い距離感」にも同様のことが言えます。つまり良い距離感でのプレイとは、パスを正確に蹴る・止めることが出来て、もし奪われてもすぐに取り返せる距離に味方が複数いる状態を指しているということですね。
角度の基本は真縦と真横を避けること
距離と並んで重要なのが角度です。角度が狭すぎても広過ぎても有効な三角形にならないことは前述の通りですが、もう1つキーポイントがあります。簡単に言えば、真縦と真横を避けることです。真縦と真横のパスは割とゲーム中見かけるプレイですし利点が無い訳でもないのですが、問題点についてきちんと理解していないと攻撃が流れなかったり、場合によってはピンチを招くこともあります。なので、ここからはなぜ真縦と真横を避けるべきなのかについて掘り下げていきます。
真縦のパスは最短だが、弱点がある
まず真縦のパスです。真縦のパスはゴールへの最短距離に近いパスなのでスピーディーな攻撃を目指す為に必要なプレイではあるのですが、出し手にとっても受け手にとっても難しいパスになるのが難点です。まず出し手についてですが、当然ながらDFはゴールへの最短距離に立つことが基本なので、そもそもパスコースが空き辛くなります。
受け手については図で考えてみましょう。
まず真縦のパスを受ける時、図6の様にボールに正対すると真後ろを向いてしまうことになり、背中側のDFを視認出来なくなります。そうするとDFは前を向かれないと判断して強いアタックでインターセプトを狙いに来るので、ボールを収めるのが難しくなります。
これを避ける為に図7の様にボールを半身で受ける方法も一応あります。しかしそうすると今度はボールとDFを同時に視認(同一視)することが難しくなり、トラップの難度が上がってしまいます。これをやるのなら一旦ボールに正対し、DFのアタックが弱いと判断出来た場合のみトラップの瞬間にこの向きを作る方が良いでしょう。
ただし、真縦のパスを後ろ向きで受けるのが有効なことも多々あります。サーバーに正対してパスを受けるメリットの話は三角形の話とは別のもの、あるいは応用編として捉えてください。
真縦のパスを避ければ選択肢を持ってプレイ出来る
真縦のパスが難しいことが分かったところで、真縦のパスを避ける方法とメリットは何なのでしょう。先ほど「真縦のパスは出し手にとっても受け手にとっても難しいパスになるのが難点」と書きましたが、バックステップを入れることで視野とスペースを確保した状態でボールを受けられるようになります。
もしボールの真縦に立ってしまったら図8のようにバックステップで幅を作ってボールを受ける準備をすることで、選択肢を持つことが出来るようになります。パスが出てくる時に正対して受けるパターンと裏に走り込みながら受けるパターンの2つを選択肢として持てる為、次のパスやドリブルへの移行もスムーズになります。また、この2つの選択肢を持っておくことでDFはよりゴールに直結する裏への走り込みを警戒するので足元へのパスが通りやすくなりますし、逆にDFが足元へのインターセプトを狙いにくれば裏でパスを受ければチャンスが広がります。これは特に足元へのパスを警戒されるドリブラーにとって武器になるプレイで、実際に最近では三笘薫選手が非常に得意としています。
真縦のパスを使うときは動きの中で
真縦のパスを避けた方が良いと書きましたが、真縦のパスはメリットも大きい為例外もそれなりにあります。代表的な例がダイアゴナルランですね。よくあるサイドの崩し方で見てみましょう。
図9 Aのダイアゴナルランに対してCが真縦のパスを流し込みます。Aは視野が外に向いてしまいますが、走ってる間にマークの位置を確認出来るのでボールをキープするのは容易です。
図10 BはAが空けたスペースに走り込み、CはBのいた場所でAのフォローに入ります。Aが前を向いて勝負出来れば一番ですが、それが困難でバックパスをCに入れたとしましょう。この時青の配置は開始時と似ていますが、赤のDFラインを押し下げており、中央付近(青点線)にスペースを作ることが出来ました。更にBがマークを振り切れていれば中央でボールを受けるチャンスもあり、青は崩しの起点となるポイントを複数作れています。
このように最初から真縦にいるのではなく動きの中で真縦のパスを使用することで、再現性のある有効な崩しのパターンを作ることが出来ます。
他に真縦のパスがよく見られるのはFWへのくさびのパスと組み立て局面のショートパスですね。
FWへのくさびはサポートが入れる状況でスピードアップするのに有効で、所謂ポストプレイに繋がるパスです。先程真縦のパスは最短距離であると書いた通り、DFからするとこのパスで安易にFWに前を向かせるわけにはいかないので、ボールに詰めてきたところでサポートにボールを預けて次のプレイに繋げることが出来ます。
組み立て局面での真縦のショートパスはトップ選手は簡単にこなしますがレベルの高いプレイです。あえて難しい位置でボールに触ることで相手を動かし、パス回しのリズムとスペースを意図的に作り出します。
この2つも絶対に覚えるべきプレイではあるのですが、今回のテーマはあくまで「三角形の基本」なので詳しく書くことは避けます。
真横のパスは危険を伴う
続いて真横のパスについて考えてみましょう。真縦のパスとは違い視野の確保が容易なので何も考えていないとつい真横で受けたくなってしまいますが、真横のパスは大きなリスクを孕んでいます。
図11の通り、真横のパスはカットされるとパサーとレシーバーの2人が同時に置いて行かれてしまいます。このパスカットは非常にカウンターに繋げられやすく、実際パスワークやビルドアップに優れたチームでも、真横のパスをカットされてしまうとピンチを招くことが多いです。その為真横のパスは原則しない、使用するときは絶対にミスをしないあるいはミスをしても奪われない局面で使用することが大切です。特にDF同士の真横のパスをカットされてしまうと一気に決定機を作られてしまうので注意しましょう。
真横のパスを避ければ即時奪回に繋がる
真横のパスは2人同時に置いて行かれてしまいますが、逆に真横のパスを避けるとどうなるでしょう。
真横を避けた斜めのパスであれば、図2の様にパサーとレシーバーのどちらかが必ずボールの後方にいるので、カットされた時すぐに対応出来ます。つまり、真横の関係を避けた三角形を連続的に作ることが出来ればパス回しが円滑になるだけではなく、即時奪回にも繋がるということです。ただし即時奪回には角度と合わせて距離が重要になるので、前述の適切な距離を保つことが前提条件となります。
真横に立つのはNGだが、真横でパスを受けても良い
真縦のパスと同様に真横のパスにも例外があり、動きの中で受ければリスクを回避しつつ有効な受け方が出来ます。特によくあるのはドリブル突破によるサイド攻撃の時ですね。
図13の様にドリブル突破中に横パスを受ける時は、ドリブラーから確認出来る位置に立つようにします。ドリブラーが前方にドリブルしつつ斜め後方を視認してパスを出すのは難しいので真横へのパスを使うことが多いのですが、最初から真横で受けるパスと違いスタート位置を少し後方にして走りながら受ける準備をすることで。万一カットされても奪回のディフェンスが間に合うようになります。
また、この位置取りはリスク回避だけでなく、攻撃面でもドリブラーを非常に助けます。ドリブラーのマークはゴールへの最短距離を切るのでこの場合ボール保持者の斜め前方にポジションを取りますが、真横のパスをチラつかせることでドリブルへの警戒を削ることが出来ますし、実際にパスを出してもそこからの展開が多彩です。ここでいくつか真横のパスからの展開を紹介しましょう。
図15はインナーラップからそのまま前方に持ち込み、ポケットに侵入するパターンです。山根視来選手が得意とするプレイですね。
図16はワンツーで更にスピードを上げて深い位置に侵入するプレイです。伊東純也選手が得意としています。
図17は横向きのワンツーからマークをはがして内側を向くプレイで、利き足が内側(この場合右サイドなので左利き)の選手には特に有効なプレイですね。家長昭博選手が得意としています。
このように後ろだけでなく斜め横でフォローに入ることで、リスク管理と共に多くの打開パターンを持つことが出来るようになります。
ここまで理解していればプレイが、サッカー観戦が変わる
長々と書いてきましたが、サッカーにおける「三角形(トライアングル)」という言葉はあまりに多用し過ぎていることで、完全に理解する前に分かった振りをしてしまう選手も多いように感じます。おそらくここに書いてあることを感覚的に出来ている経験者の方でも、ここにある全てについて言語化し説明を受けたことはあまり無いのではと思います。しかし説明を受けたことが無くても、三角形の作り方はやはりサッカーの基本であり重要な基礎戦術で、ある程度までレベルが上がれば避けては通れません。
実際ここでは基本までに留めていますが、ここで書いた三角形の基本はそのままグループ戦術の基本であり応用へと繋がっていきます。例えば3人目の動きは三角形に連続性を持たせることですし、スリーオンラインは三角形の変形と応用、5レーンは斜め関係の応用と、ここから新しい戦術にも繋がっていくことを知れば重要性も理解しやすいのではないかと思います。やや理屈っぽく覚えるのが大変な内容ではありますが、長くサッカーに携わるのであればやはりしっかりとした理解が必要でしょう。
最後に、今回書いたのはあくまで基本であり、絶対の正解ではありません。極端な話をすればイニエスタ選手のようなトップレベルになると全く周りを見ていないようでも真後ろのの味方や相手の位置を察知して見事に真縦のパスを裁いてしまったり、体勢が悪くても相手の間を抜けてしまったりもします。ですがそういった応用も基本あってのものなので、ここで書いていることをマスターしてから少しずつ色々な動きにチャレンジしてみるのが上達の早道になるでしょう。
この記事でサッカーにおける三角形の理解が深まり、選手は勿論、観戦専門の方にとっても参考になれば幸いです